二重保育で3人の子育てを乗り切る母のつぶやき日記。Twitter:fuukagetsu


by kazehanatuki
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いろいろ考えた1日。

この度の震災、本当にお見舞いを申し上げます。

たま母も、まさか、こんな1日になるとは。

朝起きた時は普通の1日だった。たま父も日曜日まで
帰ってこないので、夕方までに実家の母が来てくれ
たま母は、伊香保に行くことになっていた。

部門のコンテスト旅行で、今日は有休。
ゴルフをするメンバーは、朝から群馬に行って
いるので、たま母達、ゴルフしない組+どうしても
仕事が夕方まであり、夜までに行く人の4人で
ゆっくりランチをしてから、向かうことにしていた。

(これが、後ほど本当に助かることになるとは・・)

12時に、新横浜のフランス料理店で、ランチを予約。
このお店も、普通では入らないお店だ。それでも
コンテスト旅行ということで、ゆっくりとしたランチを
頂いていた。

(これも、時間がかかったということで、後ほど
本当に助かることになる。。。)



1人のメンバーが仕事に戻り、さあ、群馬に向かうかと
車(たま母が車だし)に戻り、出発。

高速まですぐの道なので、走っていたら、あれ?
タイヤがパンクしたようなガタガタ。自分だけ
気づいたかと思ったら、一緒に乗っていた2人の
メンバーもパンク?一緒に車止めてみようよと
言ってくれ、よけようとしたら、「信号機があんなに
揺れているから、風じゃない?」とのこと。

しばし、沈黙の後。。。これ、地震だよ!と。
周りの車も激しく揺れてる。まさに、3車線道路の
一番右端を走っていたので、ハザードを出して
車を止めた。

みんな止まって、周りを見ていると、トラックも左右に激しく
動いている。時間も長い。これは・・・・。やっと揺れが
おさまり、そのまままっすぐ道を進めると、高速の入り口
から、車が沢山降りてきて、通行止めのサイン。

これは、大変な事だ、子供達も大丈夫かな。実家の
母は、どこまで来ているんだろう。
もう頭がいっぱいで、おかしくなりそうだった。

一緒にいるメンバーも家族が心配なので、近くに停め
最初は、1人の家と電話がつながり、地震の大きさを
知る。とりあえず、待機をして上司と連絡をとることに
した。

普通の回線は全くダメなので、メールでなんとか
連絡をとりあう。もう高速道路はすべてダメだし、行けませんと。
子供達も心配なので、帰りますと出し、1人は自宅に送り
もう1人(彼は八王子)を乗せて、下の道で、自宅に向かう。

ところが、横浜は停電していて、信号機がすべて動かない。
この道路状況で、下の道で、帰る。大渋滞だけど事故
だけは起こしたくないので、身振り手振りで、相手と確認を
とりながら家に向かう。

結局 八王子の彼は、途中の駅で降りて、自分で考える
事になり、たま母は、ひたすら家に向かう。
とうとう、午後7時近くになってしまったが、コンビニに寄り
電話を自宅にかけてみると、やっとつながった!

HANAが出て、おばあちゃんが家にいたので、TSUKIを
一緒に迎えに行き、FUUも練習無かったのでみんなで
家にいるよとのこと。ほー。。

実家の母の機転に感謝。地震が起きた時には既に
うちにいてくれていたらしい。これが、大金星。家も特に
問題なかった。

普通の出勤日だったら、たま父とたま母の両方が横浜で
足止めになり誰も子供達のお迎えに行けないことになる。
保育園も、こういう時のために、メールアドレスを1つ
持っていて欲しいと切に思った。電話はつながらないからだ。

たま母も有休で遅いランチだった為、高速に乗って
いなかったし、車だったので家まで帰ることができた。

実家の母は、電車が動いていないので、泊まることになり
お互いの1日を話しあった。子供達も大事な時に携帯で
メール返信してくれないので、たま母が状況把握するまで
時間がかかり、とても心配したので、こういう時に
どうしたらいいか、誰の家に行ったらいいかを話し合った。

テレビから見る光景は、涙が出るものばかりで、わが身に
置き換えてみると、いざという時に何ができるのだろうと
あらためて、考える。

この機会を肝に銘じ、今後に活かそうを思う。
会社のメンバーも夜中まで会社にいたそうだ。

とにかく、人の悲しい面も、温かい面も両方学んだ1日だった。
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by kazehanatuki | 2011-03-11 23:45 | kosodate